裁判を傍聴すると…何かが変わる?
皆さんは人生で可能な限り経験したくないことって何がありますか?
私はその一つが “裁判の当事者になること” です。法律を学んでいた大学時代にレポート試験の一環として、刑事と民事それぞれ一回ずつ裁判を傍聴したことがあるのですが・・・それはもう貴重な貴重な体験でした。
当時、私が傍聴した刑事事件は“強姦致傷”という重い案件ではあるものの、傍聴席は私と友人の二人と、そんな私たちを何度も見てくる綺麗な女性(後に被告人の妻と判明)の三人だけのひっそりとしたものではあったのですが、脅した凶器に使ったナイフの実物が証拠として持ち込まれたりして、まさにTVドラマで見たことのあるシーンに自分が入っている不思議な感覚がありました。そして、私と友人の顔を一人ずつじっとりと凝視してから退廷していった被告人の顔を思い出すと、今でも背筋が寒くなります。
ならば民事であればもう少し気楽ではなかろうか?と思った皆さん、あまいです。(笑) 当初は私もそう思って、気を取り直して向かった“談合”に関する民事裁判。気が付くと傍聴席は私たち以外は金のネックレスをした強面の男性が数人。固まりかけた私たちに追い打ちをかけるように、そのうちの一人がこちらを振返ったと思ったら…スっと見せてきたのです。詰められた小指を、ただ無言で。
おかげで裁判中も心ここにあらず状態になり、内容が全く頭に入ってこなかったことと、終始友人の目から涙がこぼれていたことは一生忘れないでしょう。
とにもかくにも裁判所には “ノンフィクションの人生ドラマの真骨頂” が詰め込まれているのは確かです。とはいえ、20年以上も前の体験をなぜ急に語りだしたくなったのかと言うと、北尾トロさんのエッセイ『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』を読んだからなのでした。これを原作に漫画、ドラマ、映画にもなっているようです。
ひょんなことから裁判の傍聴に魅せられた著者の数々の傍聴記録がユーモラスに綴られています。その毒舌ぶりが、時々行き過ぎた感がないわけではありませんが、裁判官や検察官、裁判所職員の他、いわゆる“傍聴マニア”の人たちの実態描写はとても面白いです。傍聴に興味のある方には特におすすめです。
以下、著者の毒舌が始まる前の“はじめに”からの抜粋です
東京地裁の刑事裁判を例に取ると、大小の法廷で一日に少なくても数十、多い日は百以上の公判が行われている。そのなかには傍聴券を求めて行列ができるような、世間をにぎわす大事件もあるが、ほとんどは新聞のベタ記事にもならない、名もない人が起こした小さな事件。当事者やその家族以外、世の中にまったく知られていないマイナーな犯罪が中心だ。
ところが、このなかに思わぬ掘り出し物が潜んでいる。小さな事件だからこそクッキリと浮き上がる犯罪ドラマ。人間関係ドロドロな骨肉の争い、真面目な外見とは裏腹に露出する性癖、辛抱の限界を越えて爆発する殺意。傍聴すれば、ひとつの事件が起きるまでの背景を知ることができるのだ。まさに人生丸出し。ワイドショーなどとは比較にならないリアルさである。
出典:北尾トロ 裁判長!ここは懲役4年でどうすか