違和感の正体は何なのか?

例えば海外に一人で降り立った時、尋常じゃないレベルで周囲に対する “嗅覚のアンテナ” みたいなものをフル稼働させている “鋭敏な私” が現れるのですが、そんな必死な自分が嫌いじゃなかったりします。笑

 

それは複雑な人間関係で成り立つ日本にいても、きっと無意識に起動しているアンテナだと思うのですが、目や肌の色、漂ってくる匂いやリアクション、加えて文化も異なる人たちの、言わば善悪を、時に一瞬で判断しなければならない状況というのは、もう直感力と運が勝負の、究極のギャンブルのようでさえあります。

 

第一印象は3秒で決まる!

なんて言われますが、清潔感も笑顔もばっちりで、会話のセンスまで申し分ない、一見好印象しか抱けないはずなのに、なぜか違和感がある・・・みたいな直感的な感覚は、絶対に無視しないようにしようと私自身、肝に銘じています。その人が人気者だったり、自分の周囲が慕っていたりすると、一瞬ひるがえりそうになるのが厄介なのですが、それで痛い目にあって以来、違和感を感じた自分の方を信じるようになりました。

 

私の中では経験値、眼力ともに100点満点にも思える作家の五木寛之さんでさえ、初対面で直感的に付き合わない方がいいと思ったにもかかわらず、紹介者がその華々しい経歴や性格をべた褒めしたりすると、それが気のせいに思えてきて付き合ってしまい、その場合、結局は良くない形で決別することになる・・・というような経験を何度かされていることを知り、いかにその違和感の正体が、人を惑わせる厄介なものなのか、考えさせられます。

 

とはいえ、拒めない人間関係も世の中には沢山あるわけで、せめて自分で選択できる人間関係の部分だけでも、その違和感を無視しないことで、悲劇をほんの少しでも減らすことができるのではないかと思っています。

 

 

こういった違和感が、後に生死を分けるレベルにまで及ぶのが、貴志祐介さんのサイコホラー小説である「悪の教典」です。伊藤英明さん主演で映画化もされた人気作のようですが、完読できるか不安にさせるレベルの厚めの上下巻を、寝食を忘れそうな勢いで読んでしまいました。

 

生徒や保護者たちから絶大な人気を誇る高校教師が、実は生まれながらのサイコキラーという裏の顔を持っており、最終的には担任を持つクラスの生徒全員を殺しにかかるという、フィクションならではの内容なのですが、とにかく本を閉じるタイミングがわからなくなるので、時間がたっぷりある時に読むのをお勧めします!

 

中でも直感が鋭く、他者の悪意や本性を読み取る稀有な能力を持つ、ある女生徒の顛末が印象的で、私たちがリアルな日常生活で感じる、そのちょっとした違和感の大切さを実感せずにはいられなくなる作品なのでした。