流れが変わる気配を感じる
全てが急展開すぎて、自分が一番驚いているのですが、来月から再び会社員をすることになりました。
2020年というのは、コロナが流行し始めて世界中が暗黒期へと突入した年と言えるのかもしれませんが、私にとってもこの年から現在までの4年近くの月日は、退職をしたり、介護の末に父親が旅立ったり、残された家族がギクシャクしたり等々、内心コロナどころではない人生の暗黒期に入ってしまったような感覚がありました。
もし私が100歳の大往生で、いまわの際を迎えて人生を振り返ることになったとしても、恐らくこれ以下はもうないのではないか・・・と、根拠のない確信を持てるほどの深い悲しみを、これでもかと味わったような。
つい先日、“はてなブログ開設1年が経ちました” というお知らせが届きました。更新こそ超細々ではあるものの、頻繁に色々な皆さんのブログを読みにいったり、時にコメント等で交流させていただいたことは、間違いなくそんな日々の生活に彩を添えてくれました。
そう考えると、この暗黒期がなかったら、絶対に、絶対にブログを始めることはなかったと思われる身としては、暗黒という名の意味のある期だったのかもしれません 笑。
話が飛んでしまいますが、以前の記事でも書いたことがある通り、小さな徳を積んでいく “神様ポイント” のような存在こそ信じてはいるものの、いわゆる神社仏閣巡りとは縁遠い私なのですが、ひょんなことからとある神社へ一人赴くことになりました。
愛知県の蒲郡市にある竹島は人気の観光地なのですが、徒歩でしか渡れない橋の先に浮かぶ竹島を境内とした八百富神社は圧巻でした。島全体が国の天然記念物に指定されているというのを肌で感じる、まさに別世界に入り込んでいくような感覚を味わうことができます。
10月の強い日差しの下、2年ぶりに乗った電車と往復2時間かけて歩いた、この八百富神社参りは、既に様々な幸運を運んでくれました。それはまるで人生の風向きが変わる合図のような・・・というのは言い過ぎでしょうか。
まずは行きの途中、暑さと疲労の中で歩いても歩いても着く気配がない不安から立ち寄ったコンビニで、50代くらいの女性店員さんが、2人して各々のスマホを手に、忙しい中で地図を確認して優しく教えてくれました。
次に帰りの駅の構内で、なぜか大量の小銭をぶちまけるという失態をおかしてしまい、呆然としていたところに、周囲にいた大学生と思われる女性達がどこからともなく3名ほど現れて、ものの数秒でそれぞれ拾った小銭を、優しい言葉とともに財布に戻してくれて一瞬で立ち去り、あっという間に小銭入れがパンパンに戻るという、イリュージョンみたいな経験をしました。
女神のような彼女たちのおかげで、体の疲れもぶっとび、“世界はやさしさで溢れている…“ などと心の中で何度もつぶやいてしまったわけですが、ふっと思ったのです。
「そういえば、八百富神社の神様は女性だったはず」と。
そう・・・私、会ってしまったのかもしれません。笑
そして極めつきは、その2日後。そんな都合のいい職場など存在しないことを承知で希望していた、わがまま条件をほぼ満たす求人情報を、レア案件としてこれまた初のエージェントから紹介されることになり、リモートでの面接等を経てあっという間に内定を頂くことができました。
ここまでたった一週間。ただの偶然なのか、よいしょっ!といつもとは違う行動をしたからなのか、やっぱり神様の仕業なのか…わかりませんが、いつになく面白くて不思議な感覚を味わった日々でした。
とはいえ、これからしばらくの間は、心身共にフル回転になるでしょうし、神様!話がちがうじゃ~ん!なんて言いたくなる瞬間もあるかとは思いますが、この久々に味わった、“流れが変わる気配” みたいなものを感じる感覚だけは、これからも大切にしていきたいなぁ…などと思ったのでした。
うなぎに倚りかかる
前回のブログで、体が不調に陥るとネガティブマインドがもれなく付いてきて、きまって “健康の味” について考えさせられることになる…というお話をしたのですが、不調でなくてもそれを痛感するシチュエーションがもう一つあります。
それは「定期検診で順番を待っている病院の待合室」
30歳を過ぎた頃から、何となく歯科と婦人科には定期的に通って事なきを得てきたのですが、今年に入って眼科が正式に仲間入りしてしまいました。
15年ぶりくらいにめがねを作り替えに行ったことが全ての始まりで、緑内障や脳疾患の疑いから紆余曲折を経て、先天性だと診断された話は2月のブログでドラマ仕立てに書いたのですが、加齢とともに眼の病気のリスクが上がるのは事実なわけで、結局、定期検診という名の眼科通いが追加され、昨日しぶしぶ行って来たのでした。
私にとって病院の待合室での時間というのは、当然明るいわけがない周囲の空気にのまれるせいか、“最悪の結果になったらどうしよう” 的なスーパーネガティブどうしよう星人が必ず現れることになります。
そこに、 “獅子座のあなたはライオンハートを持っているではありませんか!” などと、絶妙のタイミングで獅子座星人が入ってきて、星座占いを頼みにチキンハートをもみ消しにかかる…という恒例の一人やりとりが佳境に入ったところで、名前を呼ばれる・・・というのが定番なのですが 笑、昨日は混んでいてなかなか呼ばれませんでした。
そうなると、”アンミカさんならこんな時も超ポジティブマインドでいられるんだろうか…” などと新たに考え始めてしまい 、いよいよヤバくなってきたところで、突如として聞こえてきたのが「そうだ うなぎ、行こう。」という天(=たぶん私)の声。そしてやっと名前を呼ばれた声。
おかげで頭の中は、「うな丼の特上を頼んじゃおうかな。。いやいやそれなら並を2回食べた方がいいよな。。」などと検査の直前まで鰻一色になり、気のせいか調子よく集中して憂鬱だった視野検査を受けることができ、“上手にできてますね~!” などと褒められて途中ニヤけてしまいました。
結果、今後は半年から年一の検査でよくなるというタナボタ感を味わい、近所に移転してきた、超絶安くて美味しい鰻屋さんのうな丼(並)を二日連続で味わい、そしてもちろん健康の味も味わう・・・という美味三昧の週末を過ごすことができました。
起こってもいないことにビクビクして恐れを抱き、時にうなぎに倚りかかってメンタルをコントロールしている自分を思う時、真のライオンハートを持つ人に尊敬の念を抱いてしまうわけですが、詩人でエッセイストでいらした茨木のり子さんが、73歳の時に出された詩集「倚りかからず」を読むと、彼女はそんな心の持ち主だったのではないかと思わされます。
若くして戦争や近親者の死といった壮絶な体験をしたことが、数々の作品で滲み出る強さや負けん気、怒りや国への不信感といった感情に影響を与えているのが伝わってきます。
そしてこんな境地に達した人の目に、世界はどんな風に見えていたのだろうか? などと思わずにはいられなくなるのでした。
もはや
できあいの思想には倚りかかりたくない
もはや
できあいの宗教には倚りかかりたくない
もはや
できあいの学問には倚りかかりたくない
もはや
いかなる権威にも倚りかかりたくはない
ながく生きて
心底学んだのはそれぐらい
じぶんの耳目
じぶんの二本足のみで立っていて
なに不都合のことやある
倚りかかるとすれば
それは
椅子の背もたれだけ
出典:茨木のり子「倚りかからず」より
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モヤモヤと健康の味を考える
長年人間をしていると、人生とは “心身をいかに健全に保つことができるか” というゲームなのではないかと思うことがあります。
例えば、前日の夜は絶好調…とまではいかなくても、体調もまぁまぁいい感じな流れで “よしっ!明日は好きなあの本を読んで、気になっていた映画を観て、筋トレでもバリバリやろっかな!!” なんてポジティブマインドで布団に入ったにも関わらず、翌朝目が覚めた瞬間から、めまいと吐き気の絶不調に襲われ、何一つ実現できないどころか、夕方まで寝て過ごして自己嫌悪に陥った・・・というのは先週末の私のことです。
前日までの、そこそこ元気な体と、それに付随したポジティブな気持ちなんぞ一瞬でどこかへ消え去り、活字なんて見たくもないし、映画なんてど~でもいいし、筋トレどころか起き上がりたくもないし…といった、これまた絶不調な体にぴったりのネガティブマインドが、ピタッとくっついて来るという負のスパイラルが、忘れた頃にやってくるのは天罰なのでしょうか。
本当だったら読書を楽しんでいたはずの時間を使って、めまいに関する説明文を読んで気が沈み。
映画を観て余韻に浸っていたはずの時間を使って、“耳石を動かす方法” などというシュールな動画をくらくらしながら視聴し。。
筋トレをして心身スッキリ爽快になっていたはずの時間を使って、布団の上で不思議な動きを繰り返しながら、効果を感じてホッとする。。。
といった、当初の楽しい予定とは大きくかけ離れた一日を過ごしたりすると、“心身の状態をそこそこに保ち続けることは、人生の最重要課題なのではないか” などと、毎回こりずに痛感させられるという始末。
そして南伸坊氏が著書の中で語っていた、「健康の味」についての数々の名言を思い出しては、自らを戒めはじめる自分がいます。笑
健康の味とはつまり、ありがた味のことである
健康の時に味わえず、健康の損なわれた時にはじめて味わえる
健康の味は、健康が損なわれて、そして回復できた、
ほんの短い期間にのみ味わえる味である
健康が常識になった時、人はすみやかにその味を忘れてしまう
健康の味とは、
生きている味わいかもしれない
健康の味は喉越しの味かもしれない
喉元をすぎれば忘れてしまう
出典:南伸坊「健康の味」
ところで、リアルの世界でもブログの世界でも、趣味として旅行や音楽といった無難どころをあげている私ではありますが、ずっと黙っていた趣味があります。
それは 「モヤモヤすること」笑
どうして突然こんな告白をしたくなったのかと言うと、決して耳石が動いて何かがおかしくなったからではなくて、先日NHKで放送されていたクローズアップ現代を観たからなんです。
『 迷って悩んでいいんです 注目される“モヤモヤする力”』
と題して放送されていた番組の内容が、面白すぎて意表を突かれました。すぐに解決できない事態に結論を急がず、答えのない状況に耐え迷うモヤモヤ力が、時に新しいアイデアを生み出す創造性につながることがわかってきて、既にビジネスや教育、医療現場で活用が進んでいる実態が映されていて、AIの活用やタイパといった効率重視の時代に真逆の概念として注目されているとのことでした。
このブログでも“モヤモヤ”のカテゴリを作ってしまうくらい身近で、これまで多くの時間を費やしてしまったという罪悪感すらあった身としては、これらが時間の無駄ではなく、ひょっとしたらとんでもない可能性を秘めているかもしれない貴重な時間なのだと言われたようで、案外悪くない趣味なのかもしれない!などと、何とか自己肯定感を上げにかかっている私なのでした笑。
恐怖政治の末路やいかに
お盆休みに小学校の同級生4人と久々の再会をしてしゃべり倒し、各々の記憶力の良し悪しが面白かった話を前々回のブログでしたのですが、その時に30年以上前のとある事件?について、怒りをぶちまけたTさんの剣幕がけっこうな衝撃でした。
今なら絶対アウトでしょレベルの暴言や無視、そして体罰も当たり前みたいな教師達が少なからず幅を利かせていて、運悪くそんな人が担任になると恐怖政治が敷かれた一年を過ごすことになるマンモス小学校だったのですが、S教師はその中でも突出した暴君でした。
皆さんS教師のことを、竹刀を持ったいかつい男性をイメージされたかもしれませんが、大間違いですよ! 30歳くらいの長身でルックスにも恵まれた女性教師なのだということをお忘れなく。
小学5年生の時、担任がS教師になってしまったTさんのさらなる悲劇は、学級委員になったことでした。ある日の朝礼で女子の態度が悪いとかいうイチャモンをつけられ、女子全員を前に立たせて一人ずつビンタをし、今日は授業をやってやらない!と怒鳴って職員室へ戻ってしまったそうです。まだ幼気な女子だったTさんは、何とかして先生の機嫌を直して授業を始めてもらおうと、クラスを代表して謝るために職員室へと向かいました。
職員室で自席に座るS教師に必死に謝り続けるも無視され、いよいよ追いつめられたTさんは、なんと発作的に “土下座をして” どうか許して下さい! と叫び続けたそうです。
床に頭をこすりつけて謝り続けるTさんを見かねた他の教師が、止めに入ったことで事なきを得た?かと思いきや、その日は女子だけが一日中、全員椅子の上で正座をして授業を受けさせられた…という話を、まるで先週の出来事みたいなテンションで話してくれたTさんの目は、怒りとともに少し潤んでいるようにも見えました。
半沢直樹が一世を風靡する何十年も前に、リアルに土下座を実践したTさんは、当時11歳にして体重が激減し、毎朝吐いてから登校していたそうです。ちなみに私もなぜか担任でもないS教師に脇腹を蹴られた記憶があります笑。
良いか悪いかは別として、子供の頃は色々な人からひっぱたかれたような気がしますが、その殆どの記憶がおぼろげな中で、納得がいかなかった理不尽な仕打ち的なものについては、自分でも怖いくらいに覚えていたりするのは、人間のさがなのでしょうか。
実際私も、土下座まではいかなくても、やはり学級委員だからとか班長だからとかいう理由で、代表して怒鳴られたり叩かれたりした理不尽な痛みの感覚が、記憶の片隅にひっそりとはりついていて、なかなか剥がれてくれません。
また授業中に指されて、答えられなかったり間違えたりすると、床に正座させられたり、暴言を吐かれたり…といった教師の緊迫感あふれる授業を一時期経験したことで、今でも講座等で指名されたりすると、間違えたら正座?という発想がほんの一瞬ですが頭をよぎったりします。例えこちらが恐縮するぐらい、腰が低くて優しい講師が相手だとしても。
2-30代にかけて、カナダの学校に通ったり様々な国を旅して、沢山の人たちと出会ったり語ったり…といった自分なりの異文化交流をしてきたつもりですが、その動機の5%くらいに、子供時代に築いてしまった負の条件反射的感覚を克服したい、というような潜在的な願望があったのかもしれません。
ちなみにS教師は、相変わらずの恐怖政治をその後も20年近く続けたそうですが、とある赴任先の中学校で、生徒からボコボコにされて退職に追い込まれたそうです。
芥川賞作家の津村記久子さんのエッセイ「くよくよマネジメント」を読むと、パワハラをはじめ、数々の人間関係にご自身が非常に苦しめられてきたというのが、ひしひしと伝わってきます。
中でも子供の頃から感じ続けてきた負の感情的なものを “自分の中の子供”と表現し、決して他人にそれらを押し付けることはせず、うまく共生していくしかないと分析するまでに至った思考回路が見事でした。
決して何か解決策が得られたり、霧が晴れるような爽快な内容ではないのですが、もがき苦しむ中で相手の心理を必死に分析しながら、自身を立て直してきた人ならではの説得力ある思考は、一読の価値があります。
子供の頃の記憶は常に自分の中に石のようにあって、今がよければすべてよし、というわけにもいかないことを、ときどき不思議に感じます。今のわたしのいろいろな行動やものの感じ方に、子供の頃の自分の立場が影響しています。(中略)
実際、子供の頃の経験というのはとても大切なのですが、けれどもそれがすべてなのでしょうか?心の奥底からやってくるその子供を、今の自分の力でなだめたり、説得したり、優しくしてやったりはできないのでしょうか?
自分の中の子供は、自分で面倒を見るしかないのです。
もう一度子供には戻れない以上、泣き喚く子供、不平不満で爆発しそうな子供は常に自分とともにいて、それはもう仕方のないことです。自分がその子と仲良くしてあげられなければ、いったい誰が仲良くしてあげられるのでしょうか。
出典:津村記久子 くよくよマネジメント
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卒アルを撮り直したい
数年前、アメリカの心理学者が “卒アル写真で将来はわかる 予知の心理学” という本を出版し、その内容を紹介していたテレビ番組を観て衝撃を受けた記憶があります。
確か大学の卒業アルバム写真を集めて、口角の上がり具合などから笑顔を点数化し、彼らのその後の人生を調査した結果、笑顔で写っていた人達の方が幸福度が高く、寿命まで長くなる傾向があった…みたいな内容だったと思います。
身分証の写真なんかも満面の笑みが主流のアメリカでの調査結果とはいえ、とても興味深かったというのもありますが、私の場合はまた別の意味で考えさせられるものがありました。
というのもまず大学の卒業アルバムを持っていない 笑。一応大学は卒業したのですが、以前にブログでも書いた通り、大学4年の後半は帯状疱疹との壮絶な闘いに明け暮れており、外見的にも体力的にも卒アルを撮りに行って笑っている場合じゃなかったので、写っておらず、購入すら叶いませんでした。
ならば高校や中学の卒アルまで遡ってみたらどうだろうか。と、この際アメリカの調査からは外れて広げて考えてみたところで、これまた確認するのが不可能なのでした。ちなみに中高時代のアルバムはちゃんと手元にありますよ。そしてしっかり写っています。
何だか謎解きみたいな言い回しになってしまいましたが、はぁ?何言ってんの?と思われた方はある意味幸せであり、そりゃそうだ!無理だわな!っと共感してくれた方は、私と同じ境遇かと思われます。笑
某テレビ番組ではありませんが、笑ってはいけなかったからです。
時は平成に入っていて軍国主義でもなかったはずですが、管理教育的な色がかなり強かったとも言われる当時の愛知県だからなのか、とにかく全員が真顔なのです。
自由な校風が売りの高校時代でさえその傾向で、口角をギリギリまであげた、真顔以上笑顔未満の人がかろうじているというレベルで、とにかく歯を見せたり満面の笑みが許されないという、よく考えると不思議な卒アルなのでした。
これら個人写真の他に、ユニフォームを着たり楽器を持ったりして撮る、部活ごとの集合写真も卒アルの定番ですよね。個人写真に比べると仲間と一緒だからか、少しだけ柔和な気がする写真が多い中、当時もし(チョコプラの)悪い顔選手権があれば、詐欺の実行犯集団としてエントリーできそうな、明らかにやばい部の写真が一枚載っています。
苦楽を共にした女子バレー部の撮影当日のことは今でも鮮明に覚えているのですが、久々の集結にメンバー全員が笑顔で、その直前まで談笑していました。そこにカメラマンがやってきていざ撮り始めようとした瞬間、
「笑顔で写真に写るとは何事だぁ~!!!!!!!!!!」
という、定年間近の副顧問だった女性教師の怒鳴り声が体育館に響き渡りました。その一言が、陽気に包まれていた空気はもちろん、微笑みから詐欺の実行犯の形相へと一変させたのは言うまでもありません。
自分で書きながらいったいいつの時代の話やねん!とつっこみたくもなりますが、髪をなびかせて、笑顔はじける野球を繰り広げてくれた今年の甲子園球児を見たりすると、日本も確実に変化してきているのを感じます。
とはいえ、免許証やパスポート写真を見せてもらうと、前科何犯ですか?と問いたくなる人が周囲に少なからずいる身としては、何とかならないものだろうか・・・と思ってしまうわけですが、これらの身分証写真も現在はかなり緩和されていて、微笑みレベルまでなら許されている都道府県も多いということを、最近になって知りました。
驚きと同時に、次回の免許証とパスポートとマイナンバーカードの写真は、最大限の微笑みで撮ってやる!などと卒アルのリベンジの如く、なぜか意気込み始めた私なのでした。
記憶力の神秘
タオルケットをお腹にかけられ、真剣な眼差しで写っている生後2ヶ月の赤ちゃんの写真を見て、
「この時のこと、はっきり覚えてるんだよね~」
と初めて告白したのは幼稚園の頃だったと思います。素っ裸で寝かされている私に、母がタオルケットをぽんっとお腹にかけてくれた時の感触や、今とは別人のような優しい口調と笑顔で、カメラを構えてだんだんと後ずさっていくその姿を、今でも記憶しているんです!と言ったところで、なかなか信じてもらえません。
実際、人生最初の記憶になるのは2-3歳のときに起こった出来事の可能性が高いと言われているそうですし、それ未満にあった出来事は、脳が発達途中のためにうまく記憶できなかったり、記憶されてもうまく呼び出せなかったりするというのが定説のようです。おまけに脳は記憶のすり替えが得意とも言いますし・・・確かに私も、この瞬間以外の2歳くらいまでの記憶は、どれだけ写真を見返しても蘇りません。
それはそうと、お盆休みに小学校の同級生の女子5人で約30年ぶりに会いました。久々なんてもんじゃないぶりの再会ということもあって、日付が変わる頃までしゃべり倒したわけですが、子供時代を知る貴重なメンバーならではの醍醐味は、記憶力のフル活用にある気がします。
自分のクラスや担任も全く覚えていない人もいれば、他人の分まで覚えている強者までいたり、先生に怒られた話なんかを先週の出来事みたいなテンションで話せる人もいれば、そんな先生いたっけ~?レベルも。
そして面白いのが、突かれなければ一生引っ張り出される事はなかったであろう、1ナノグラムくらいのわずかな記憶が、誰かのトークによって鮮やかに蘇ってきたりすると、ひいては脳の神秘さえ感じてしまうのは私だけでしょうか。まぁこれは恥ずかしい記憶なんかにもあてはまるので、ある意味リスキーではありますが。
ちなみに脳のMRI検査を受けて異常が無かった話を、2月にこのブログで書いたのですが、実はその時に先生から、異常は無いけれど敢えて何か言うとしたら…と、画像のとある部分を指さしながら意味深に告げられたのでした。
「通常は赤ちゃんの時に消えるはずの線が、2,3本残っているのが不思議で、かなり珍しい」と。
勘のいい皆さん。そうなんです! 笑
この線こそが他でもなく、あの赤ちゃんの瞬間記憶が残っている証拠にちがいないっ!! と、もはやめちゃくちゃな思考回路で確信してしまったのは言うまでもありません。
ファンである作家の朝井リョウさんが、さくらももこさんのファンだと知り、ファンのファンである人の本はぜひ読んでおかなければっ!との思いから手にしたエッセイ「おんぶにだっこ」。
幼少期のエッセイなのですが、さくらさんは何と2歳半の頃の記憶から鮮明にあるとのことで、当時の心理描写はもちろん、温度や匂い、家具の配置に至るまで、その詳細な描写に驚かされます。
そしてさくらさん=ちびまる子ちゃんということで、自虐とユーモアあふれる、ぷぷっと笑える明るいイメージを想像して読み始めたのですが、想定外の暗くて切ない内容に、ちょっと狼狽えてしまいました。
私は幼い頃、毎日なんらかの不安を抱え、傷つき、悩み、苦しんでいた。心から晴れ晴れとした日など一日もなかった。
いくらふざけて笑っている時でも、心のどこかに暗い部分があった。大人に相談しないまま、黙って悩んでいる事も多かったし、相談してもどうせ解決しないだろうと思って黙っている事も多かった。
出典:さくらももこ「おんぶにだっこ」 あとがきより
思えばちびまる子ちゃんからも、人の心や日常の出来事の機微に触れる描写から、彼女の感受性と表現力の凄みを感じますが、その根底にはずば抜けた記憶力と、一見らしくない暗く鬱屈した幼少期があったのだということを初めて知りました。
描かれているエピソード自体は、決して特別なものではなくて、むしろ多くの人が同時期に経験するような、祖父母の死であったり、友達へのちょっとした悪意、決して悪い関係性ではない家族内での孤独だったりするわけですが、そこに人生の機微みたいなものを感じ取る驚異的な感性と記憶力が合わさると、大人になってもここまで暗い影を落とし続けるものなのか・・・などと思わずにはいられない複雑な内容でした。
読んだ感想を言葉で伝えるのがこれほど難しい本は初めてかも。なんて思ってしまった作品でしたが、“何を提供したいのか自分でもよくわからない” と、困惑した創作中のさくらさんご本人にかけた、編集者の方の言葉が全てを物語っているのかもしれません。
『言葉で表現しにくい大きな何かを与える作品です。本当に大切な物を今回の作品は含んでいると思いますから、このまま続けて書いて下さい』
文章は人を表すのか
生まれ変わったらミュージシャンになりたい!などと、事あるごとに暴走じゃなくて空想してニヤついているのですが、この夢ある空想世界に時々割り込んでくる職業があります。
「プロファイラー」※プロボウラーではありません
猛烈にかっこよくないですか?笑
ご存じの方も多いと思いますが、プロファイラーとは犯罪心理分析官のことで、犯罪捜査においてその性質や特徴から行動科学的に分析をして、犯人の特徴を導き出すプロファイリングの専門家でもあるわけですが、この “プロファイリング” という言葉にゾクゾクっとしてしまう私は、変人でしょうか。
凶悪事件の犯人をプロファイリングするのは来世に送るとして、例えば
職場のデスクはいつも整えられ、容姿も洗練された同僚の女性が住んでいた家がゴミ屋敷だった…とか、
毎日スッピンの、人見知りで大人しい後輩から見せられたスマホの写真フォルダには、ド派手なコスプレをしたパリピギャルみたいな自撮り写真ばかりがあふれていた…
みたいな実際に周辺で起こった、言わば事件に遭遇すると、その違和感に潜む心理なんかを分析してみたくなったり。
勤怠管理を担当していた当時、面識のない社員一ヶ月分の打刻一覧から、 “お金に異常なまでにシビアな人物” と、密かになんちゃってプロファイリングをし、後に飲み会で一円単位で支払額をはじき出している人だと知った時などは、FBIからスカウトが来るのではないかと錯覚したことも。笑
ちなみにこれらは、すべて心の中で自己完結しており、勝手に時効をむかえた話です。
岩井圭也さんという作家の方の、新聞に掲載されていたコラムの中に
「何を書こうとも必ず文章にはその人自身が滲み出す」
という言葉がありました。ブログを細々と更新している身としては、これまたゾクゾクっというかヒヤヒヤっとさせられるものがあります。
確かに偶然手にした作家のエッセイなどに興味を惹かれ、他の作品も何冊か読んでいくうちに、彼や彼女の思考や立ち居振る舞いにあらわれる、生き方のファンにいつの間にかなっていることは、私にとってはよくある話で、もはや推しレベルだとしても、ほとんどその容姿については把握していなかったりもするのが、アイドルや俳優を好きになるパターンとの大きな違いかもしれません。
手書きでもなくタイピングによって紡ぎだされた言葉で構成された文章から、書き手の感性や美意識といった人柄まで感じ取り、ファンになったり、またはアンチになったりする・・・そう考えると、文章を書くって凄まじい作業に思えたりもして。
とはいえあまり深く考えてしまうと、ブログを公開するボタンを一生クリックできなくなりそうなので、これ以上はやめておこうと思います。
さて、先の空想ついでに、もうひと空想させて下さい。
日々いろいろな皆さんのブログを読ませて頂き、共感したり親近感がわいたりと感情を揺さぶられているわけですが、仮にはてなの全ブロガーさんがブログ名を伏せて日本武道館に集結し、お見合いパーティーのごとく順番に会話ができるとしたら・・・もしかして〇〇さんですか!?なんて愛読しているブロガーさんを特定できちゃったりするんだろうか。などとエセプロファイラーの血が騒ぐ私なのでした。
私は「書くこと」によって誰でも居場所を得られるのではないかと思う。
ここでいう書くものは、ジャンルを問わない、何でもいい。
なぜなら、何を書こうとも必ず文章にはその人自身が滲み出すからだ。
「書くこと」は、書き手の人生を綴ることに他ならない。上手下手とか、技術の有無はもちろん関係ない。
書くという作業は、頭の中にあるモヤモヤとした考えを、強制的に言葉に変換することである。なんとなく寂しい。なんとなく不思議だ。なんとなく不快。苦心しながらそんな気持ちを形にしているうち、「自分が考えていたのはこれだ」という文章を発見することがある。
「書くこと」は自分の再発見につながる。
さらにここからが大事なのだが、自分を再発見することは、書き手を「安心でき、自分らしくいられる場所」へと導いてくれる。
引用:岩井圭也 6.30 中日新聞より