続・人生を変えた帯状疱疹物語

“ 泣きっ面に蜂 ”

“ 弱り目に祟り目 ”

“ 一難去ってまた一難 ”

“ 傷口に塩を塗る ”

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不幸や不運な上に、さらに辛いことが加わることを例えた日本語は色々ありますが、私の場合、帯状疱疹を患ったことが、これらの意味を痛感させられる大きな経験になりました。

 

前回の記事で、大学4年生で患った帯状疱疹が悪化して大変な目にあったものの、何とか回復することができたお話をさせて頂いたのですが、自らの無知さ加減はともかく、あれだけでもすでに、様々な不運や不幸が降ってきた感が半端なかったわけですが、先のようなことわざが昔から複数あることを考えると、それで終わらないのが “世の常” なのかもしれません。

 

 

前回の記事で登場した、俳優の余貴美子さんのようなインパクトのある皮膚科の先生のおかげで、帯状疱疹からは何とか立ち直ったものの、顔面の水疱跡もまだ生々しく、回復度40%くらいのかわいそうな状態の体に、今度は得体のしれない皮膚湿疹が、顔だけではなく、手足の指や脚にまででき始め、おまけに猛烈な痒みまで追加されました。帯状疱疹で落ちた心身の状態が、さらにもう一段落ちた感覚を味わいました。

 

「痛み」と「かゆみ」のどちらかを取らなくてはいけない・・・という究極の選択を空想する時、「痛み」の方を選択しようと決意したのはこの時からだと思います。笑

 

結局、皮膚湿疹の方は免疫力の急激な低下が招いた体の更なる悲鳴ということで、22歳という若さで生活習慣の指導を受けながら(笑)、数年をかけて克服していくことになります。

 

健康的な食事や習慣がどれだけ大切なのか、という今となっては当然のことを、毎回論理的に熱弁してくれた先生のおかげか、“本来の身体の状態=標準軸 みたいなものが、本当はどれだけ心地良いものなのか。逆にいつの間にかその軸がズレて、それが自分の標準になってしまっていることが、どれだけ怖いことなのか” ということを、時々立ち止まって考えるクセがついたことで、30代をかなり健やかに過ごすことができたのではないかと思っています。

 

と、ここまでが一難去ってまた一難…だったわけですが、皆さんの期待は裏切りませんよ。この一連のお話には、もう一難がやってきます。笑

 

それは残り少ない大学生活を、このまま療養だけで終わってたまるか!という強い焦りから、バイトで貯めたなけなしの20万円で、卒業旅行という名のスペイン旅行を強行してしまったことで起こりました。

真冬のスペインに到着した瞬間、まだまだ底辺レベルの免疫力の弱った体が、案の定、またキャッチしてしまったのです。今度はインフルらしき菌を。

ツアーの都合上、まともに寝かせてもらえず、高熱と疲労のピークを迎えた私は、あの有名なプラド美術館で湿疹、じゃなくて失神して、医務室に運ばれるという大失態をおかしました。ちなみに情熱の国スペインの記憶は、これ以外にほとんど残っていません。

 

まぁこれは今考えると自業自得どころか、周囲に多大な迷惑までかけて申し訳ない思いで一杯なのですが、当時は、帰国して悲劇のヒロインぶりをあげたのは言うまでもありません。心の健康軸までも、ズレズレでした。笑

 

ちなみにこの何年後かに、細木数子さんの六星占術が日本中に大ブームを巻き起こすわけですが、この何をやってもうまくいかない感が大殺界というものなのかな・・・などとふっと思い、ある時調べてみたところ、この年は何をやってもうまくいくという、“達成” であることがわかりました。

 

まぁでも前半は何だかんだで内定もらえたし、帯状疱疹騒動のおかげで身体と本気で向き合うきっかけをもらったという意味では・・・達成した年だったということになるのか?などと、なぜか占いに寄せる心理が働いてしまう、自分でもよくわからない私なのでした。