一度読んだ本 再読しますか?

皆さんは一度読んだ本を再読する派ですか?

私は図書館で借りる事も多く、最近は特に量の方に気が向いてしまい、めったに再読をすることがなくなってしまったのですが、例えば学生時代に読んで、響いた内容のいたるところに付箋が貼ってあるエッセイなんかを20年後に読み返した時、その付箋場所に驚愕した事があります。

というのも、“そこじゃなくて、どう考えてもこっちでしょ!!!”と過去の自分に大きくつっこみたくなる瞬間が多々あるからです。当時は完全スルーしていたノーマークの部分に猛烈に惹かれる現在の自分がいたり、逆に当時は震えるほど感動していたはずの内容が、最近の自分にはごくごく標準になっていたり…

その間に積み重ねてきた自分の経験や感性が試されているようで、なかなか面白い一人遊びでもあります。エッセイだけでなく小説や実用書でも同じような感覚を味わえるのではないでしょうか。

 

そして、今回ご紹介する芥川賞作家 中村文則さんの初エッセイ『自由思考』は、シンプルな表紙の外観とは好対照な、中身ぎっしり読み応え満点の内容でした。

中村文則という人の、ありとあらゆるテーマに関する豊かな思考を味わうことができ、シリアスさとユーモアのセンスのバランスがこれまた絶妙でした。

先ほど再読について触れましたが、この本は20年後どころか1年後、いや1ヶ月後に読み返しても、その都度印象に残る場所が違うような気が既にしています。

最近の私はちょっと弱り気味で読書に没頭し、少しでも自己肯定感を上げておきたい深層心理が働いてか(笑)、以下の言葉に特に勇気をもらいました。

 

小説には大抵、主人公がいる。僕たちは主人公に同化し、時に客観視しながら小説を読むけど、「個人」に着目して読んでいることに変わりない。

テレビなどでは人間を「外側」から見るけど、小説の多くは「内面」から見ることになる。人間の内面描写に最も適しているメディアは、小説であると僕は思っている。

そして、小説を読む、つまり個人の内面を見、それに寄り添う習慣を持っている人は、排外主義者や、差別主義者などにはなり得ない。人を外側から一方的に見るのではなく、個人の内面に寄り添う想像力が、小説を読む人には養われていることが多いからだ。                                    出典:中村文則 自由思考